ニューズウィーク日本版
2021年11月10日
Newsweekの記事より
Newsweek日本版に羽生選手の卒論が取り上げられています。
もうここまでフィギュアスケートの採点に対する疑問は広がりつつあるのですね。
こういう記事が一般誌に取り上げられることで、普段はフィギュアスケートに関心を持っていない層にまで問題提起できることはとてもいいことですね!
羽生結弦選手が卒論で語るフィギュア採点の未来
— ニューズウィーク日本版 (@Newsweek_JAPAN) November 9, 2021
「審判の目による採点は限界がある」と選手から不満の声が上がることもあるフィギュアスケートだが、羽生選手は、自らの実験によって「科学的に解決できる可能性がある」と示した。研究内容と着眼点の素晴らしさを紹介するhttps://t.co/9czLXK0rMW
記事の一部を抜粋させていただきました。
<「審判の目による採点は限界がある」と選手から不満の声が上がることもあるフィギュアスケートだが、羽生選手は、自らの実験によって「科学的に解決できる可能性がある」と示した。その研究内容と着眼点の素晴らしさを紹介する>
勝つために必要なのは、より質の高いジャンプ
北京五輪では平昌五輪からルールが変更されて、メダルを獲得するためにはさらに正確なジャンプと、技術と表現力のバランスの良い演技が求められることになりました。もっとも、「審判の目による採点は見逃しもある」と選手から不満の声が上がることもあります。そのような状況の中、今年3月に、羽生選手はただ文句を言うのではなく「科学的に解決できる可能性がある」と自ら実験で示しました。
関係者とファンに驚きをもって迎えられた、羽生選手の研究論文「無線・慣性センサー式モーションキャプチャシステムのフィギュアスケートでの利活用に関するフィージビリティスタディ」を紹介する前に、まずはフィギュアスケートのルールについて概観しましょう。
(中略)
AI採点導入の議論も
ジャンプの採点は、3人の技術審判員によって行われています。回転不足が疑われる場合は映像を見直して判断しますが、基本的に演技の流れの中で瞬時に採点し、次の選手の演技前までに確定します。オリンピックや世界選手権では30人もの選手の演技を、公平を期すために同一の審判団が採点します。大変な労力ですし、「疑惑の採点」が話題になることもありました。
フィギュアと同じ採点競技である体操競技では、「審判の目だけで見るには限界がある」と、AI自動採点システムが2019年の世界選手権で一部競技に正式採用されました。フィギュアでも、技術点にはAI採点が導入できるのではないかと議論されていますが、まだ実現はしていません。
(中略)
フィギュア男子シングルで平昌五輪と最も大きく変わったのは、ジャンプの点数の付け方です。平昌五輪後の変更で、技術点のうち4回転ジャンプの基礎点は軒並み下げられました。いっぽう、出来栄え点は+3から-3までの7段階評価から、+5から-5までの11段階評価に拡大されました。
平昌五輪までは、4回転ジャンプは基礎点の高さから「転倒や多少の回転不足があっても飛んだほうが得」という面が否めませんでした。けれど新ルールでは、転倒には-5,回転不足には度合いに応じて-1から-3と、出来栄え点で大きなマイナスが付けられます。北京五輪では、試合に勝つためには、より質の高いジャンプを成功させることが求められます。
羽生選手は、ソチ五輪の前年の2013年に早稲田大学人間科学部人間情報科学科のeスクール(通信課程)に入学しました。2度のオリンピック出場を経て、20年9月に卒業。卒業論文は、自分のジャンプを科学的に分析した「フィギュアスケートにおけるモーションキャプチャ技術の活用と将来展望」でした。その一部を加筆修正し、早稲田大学人間科学学術院の学術雑誌「人間科学研究」に掲載された論文が、前述の「無線・慣性センサー式モーションキャプチャシステムのフィギュアスケートでの利活用に関するフィージビリティスタディ」です。
大学が発行する学術雑誌の掲載論文の大半は、その大学の教員や研究員、大学院生の研究成果です。羽生選手のような大学生の研究論文が掲載されるのは極めて異例なことです。
(中略)
研究内容で羽生選手の着眼点の素晴らしいところは、転倒、回転不足などが比較的わかりやすい着氷時ではなく、ジャンプの踏み切りや飛び上がる前の回転という審判員によって評価がばらつきやすい離氷時の評価にモーションキャプチャを使って、「ルール違反を可視化・数値化できないか」と考察しているところです。
この装置を付けてデータを解析すると、足底で体重のかかっている部分が判定できます。羽生選手はこれを採点に具体的に使う方法を論じています。「ジャンプを跳ぶ前に氷上で回転数を稼ごうとする『稚拙なジャンプ』は、足底がついている時間で判定できる」「ジャンプの種類によってルールで厳密に決められている体重をかけるべきエッジの内側・外側が、親指側と小指側のどちらに重心があるかで見分けられる」などです。
「羽生流ジャンプ術」が伝授される日
ところで、論文に現れる「稚拙なジャンプ」「稚拙な踏み切り」という表現を「羽生選手が卒論を通して他人のインチキなジャンプに対して怒っている」と解釈して、心配する声や揶揄する報道があります。
けれど、これらの言葉は国際スケート連盟のルールブックに掲載された「poor take-off」の日本語訳として、日本のルールブックなどで普通に使われている言葉です。羽生選手は「poor」の定義に当てはまるジャンプや踏み切りに対して、研究者として「正確なスケート用語」を使って論文を書いているだけなのです。
ジャンプのデータを取る前に、30メートル×60メートルのリンクで無線が途切れないかなど不安要素を複数挙げ、個々に不安を解消する実験を考案して一つずつクリアし、データの信頼性を科学的に証明した羽生選手。研究者としての適性も高いと言えます。
今回の論文ではあまり取り上げられなかった、羽生選手がジャンプをするときの腕や足の振り上げのタイミングなどのデータも取得しているので、将来、コーチになり「羽生流ジャンプ術」を伝授する時にも使えそうです。
科学研究としてこの先の議論を進めるには、羽生選手自身が論文内で指摘しているように多数の選手のデータが必要になります。大がかりなプロジェクトになりますが、フィギュアスケート競技とスポーツ科学の発展のために、競技生活が落ち着いた後に、ぜひ研究を主導してもらいたいです。すでにフィギュアスケート界のレジェンドとなっている羽生選手ならば、きっと実現が可能でしょう。
※編集部注:羽生選手の大学卒業時期の記載に誤りがありましたので、修正致しました。(2021年11月9日18時31分)
こお記事を書いてくださったのは、茜灯里(あかねあかり)さんという作家・科学ジャーナリスト、大学教授として幅広い研究活動をされている方です。
茜 灯里
作家・科学ジャーナリスト。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専攻卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)、獣医師。朝日新聞記者、国際馬術連盟登録獣医師などを経て、現在、立命館大学教員。サイエンス・ライティング講座などを受け持つ。文部科学省COI構造化チーム若手・共創支援グループリーダー。第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。デビュー作『馬疫』(光文社)を2021年2月に上梓。
コラムを読んでくださるフィギュアスケートファンの方へ⛸️
— 茜灯里@「サイエンス・ナビゲーター」連載中 (@AkaneAkari_tw) November 9, 2021
私はスポーツ科学のプロジェクトに在籍する研究者です
フィギュア採点法については学会発表もあり、羽生選手の卒論は生体工学研究者と共に読み、レビューを受けてからコラムを発表しています
皆様に「卒論のすごさ」をお伝えできたら幸いです
また一人、羽生選手の志を応援してくださる方があらわれて、とても心強く感じています。
茜さんが言われているように、羽生選手が選手として一段落した時には、ぜひ研究の場に戻り、研究者として、フィギュアスケートの採点方法やあるべきフィギュアスケートの方向性、指導法などを追及していってほしいなと強く思っています。
これは羽生選手以外にはできない仕事ではないでしょうか。
4回転アクセルの先の羽生選手の未来には、またさらに大きな仕事が待っていると、私は確信しています。
4回転半はゴールではなくて、そこに向かう途中にある一つの道標だと思っています。
羽生選手の未来は大きく広がっています。
添えを見届けるのも、本当に大きな楽しみになりますね。
お読みいただきありがとうございました。
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