オーサーコーチ

2021年04月04日

オーサーインタビューと北京のリンク




世界選手権後のオーサーコーチのインタビュー。

エイミーさん翻訳してくださりありがとうございます。


ユヅルとはかなり長い道程を歩んできました。

彼は自分を持っていて、
彼はかなりのプレッシャーを抱えていて、
彼は日本では神様のようなものなのです。

彼は…違うレベルなんだよね。

多くの人は彼はロックスターと言うけれど、そうじゃない。
スピリチュアルなレベルなんだ。
彼は人々の人生に影響を与えるんだよ。
例えば彼がいるだけで泣き出すし、
彼は何かを持っているんだよね。
生まれ持ったものを。

なぜなのか私にも解らないし、正確にどう言えばいいのか分からないけど、
彼の傍にいることはとても凄いことだよ。
練習の時や、ホテルのロビーを通り過ぎて、
ドアに手を掛け、バスに乗りリンクに向かう時でさえね。

ファンは文字通り開演するまでリンクの外で眠るんだよ。
そうすれば試合の練習が良い席で見れるからね。
何百人もの人がだよ。
これは彼がスケートとファンに与えた影響なんだよ。

かなりの長い道程だったけど、
彼は我が道を行くというところがあるので、
だから、私は彼から多くの指示も受けています。

先週は彼はかなりいい状態で滑っていた。
彼にネイサンのようなライバルがいるのはいいことだよ。
私にとってのブライアン・ボイタノのようにね。
より良いアスリートになる、より良いスケーター、より良い競技者になるには必要なことだと思う。

私は来季に何の不安さえ感じませんね。
彼は努力をし続けるでしょう。

現在、ネイサンは3度の世界チャンピオンで、
ユヅルは2度のオリンピックチャンピオンだ。
オリンピックは世界選手権と比べると全然違うからね。

私は丸一年彼とは会いませんでした。
なので私は彼が送ってきたジャンプや、プログラムのランスルーの動画で彼とやってきました。
私はそれに返信する形でね。
彼に会えなかったので一年そうしたんだ。

アメリカのスケーター達は毎日コーチと滑ることができてたし、
ロシアでは何事もないかのようだったよね。
だから毎日スケートして毎日練習してたし、
2週間に一度は試合をしていたよね。

ユヅルは全日本選手権に出たけど、それだけだ。
私は彼のことをとても誇りに思ったし、
我々のことも誇りに思ったよ。
この普通ではない状況下で多少ともいいスケートを披露できたことをね。


21 World 若杉 インスタ 9


 
来季に何の心配も無いというオーサーコーチの言葉が頼もしいです。

来季には当然ながら北京オリンピックが含まれています。

その会場となるリンクが公開されています。


22 北京オリンピック 会場 3

これはもう、『天と地と』に合わせたとしか思えないようなカラーではありませんか。


平昌オリンピックの会場が『SEIMEI』カラーの紫だったように、

FullSizeRender (971)_Fotor


北京オリンピックは『天と地と』カラーに合わせてきたようです。




21 World FS  若杉 1


「北京は羽生結弦を待っている」
というメッセージが込められているのでしょうか。



オーサーコーチのインタビュー掲載という、明日発売のAERAも楽しみです。







最後までお読みいただきありがとうございました。

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withgoldenwings at 19:21|Permalink

2021年02月15日

2月15日・夜明けの頃



ソチオリンピックで羽生選手が金メダルと確定したのは、
現地時間では2月14日のことでしたが、日本時間では2月15日の夜明けの4時ごろのことだと記憶しています。


LIVE放送を観ながら、時間が時間だけに、大声は出せず、
小さく拍手しながら飛び上がってしまいました。
そしてその後は涙が溢れてきました。


前記事にあげた動画をあらためて見返すと、オーサーコーチがさりげなく涙をぬぐう場面がありました。

14 ソチ オーサーコーチ



オーサーコーチ自身は、オリンピックで2回銀メダルを獲得していますが、金メダルが獲れなかったことをずっと悔やんでいたということですから、教え子の羽生選手が遂に金メダルを獲得したことがとても嬉しく、感動したのでしょうね。


その頃はまだ、ジャンプコーチだとは知らなかったジスランコーチとハグしている場面もありました。


14 ソチ ジスランコーチ



そして幼い頃から、ずっとケアして下さったトレーナーの菊池さんは、「よく頑張った!」と言いながら、羽生選手を抱きしめている姿もありました。

14 ソチ 菊池晃さん


羽生選手がたくさんの方々に支えられていたことが分かります。

7年前のことですが、動画を見ると、まざまざとその時の雰囲気や当時の自分の感情を追体験するようです。



前記事に上げたもう一つの動画の中で、
解説していた本田武史さんはソチから4年後の平昌オリンピックに言及し、
既に羽生選手の2連覇を予想していました。(3:58~)

「羽生選手はまだ19歳ですので、次でも十分にメダルを狙える。
23歳、一番いい状態じゃないですかね」と。

そして、本当にそうなりましたね。

18-2-17  メダルセレモニー 3



ソチで実際に羽生選手の胸に金メダルが輝いたメダルセレモニーは、7年前の明日、2月16日のことでした。


2014 ソチ 表彰式 1_Fotor


19歳の金メダリスト羽生結弦選手、
まだ少年っぽさを残す笑顔を見ると、こちらも笑顔になってしまいます。


あの時は、まだ大震災から3年後のことでした。
羽生選手の姿に励まされ、希望を持とうと思った方がたくさんいらっしゃると思います。

あれからさらに7年が経ちましたが、羽生選手は今でもトップスケーターの座に君臨し、
そして今は、誰も超えたことのない、4Aという壁に挑戦しています。

不可能の壁を超えて行こうとする羽生選手に、自分の希望を重ねて、
頑張ろうという気持ちが沸き上がります。



羽生選手の夢を叶えるためにも、アイスリンク仙台が一日も早く再開し、
羽生選手が思いきり練習できる環境が戻ってきますように。

20 全日本 FS 能登 2




先日の地震もあり、開催できるか心配だった仙台での『羽生結弦展 共に前へ』が
抽選による予約で開催できるようです。よかった!

羽生選手の地元のたくさんの方が見に来られますように。



最後までお読みいただきありがとうございました。

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withgoldenwings at 20:29|Permalink

2020年06月21日

伊藤聡美さんインタビュー



ジャック・ギャラガーさんによる、伊藤聡美さんのインタビュー記事を読みました。

とても興味深かったので、日本語訳からその一部を抜粋してご紹介したいと思います。



《独占記事ー斬新な衣装でスケーターを魅了するデザイナー、
伊藤聡美に迫る》


伊藤聡美


ここ15年間、フィギュア界での日本人選手の活躍は国内スケートの人気を押し上げ、スケート大国へと導いた。

五輪2連覇を果たした羽生結弦、3度世界チャンピオンへと輝いた浅田真央、オリンピックメダリストの高橋大輔と宇野昌磨に続き、日本にはもう一人のスーパースターが存在する。

それは衣装デザイナーの伊藤聡美だ。千葉県出身で現在32歳の彼女は国内と海外のエリートスケーターから依頼を受ける人気者だ。

Jackfigure.comとの独占インタビューで彼女は生い立ち、フィギュア界での活躍、そして将来の意向を語った。

「憧れていた職業は漫画家、脚本家とライターです。高校生の時に服作りに目覚めたので、それ以降はファッション関係(作る側)に携わりたいと思っていましたた。」

(中略)

高校卒業後に国内の専門学校で2年間勉強した伊藤氏は経験を積むためにイギリスの大学へと進学した。Jackfigure.comはイギリスでの留学時代が彼女のデザイナーとしての視点や方向をどのように影響したかを尋ねた。

「イギリスのノッティンガム芸術大学の最終学年に編入したので、技術的なことはイギリスでは教わっていません。コンセプトメイキングやプレゼンテーションの重要性を学びました。

「日本では作品が良ければ評価してくれますが、イギリスでは完成されるまでの過程も大事にしていると感じました。例えば『好きな色は黒です、理由はかっこいいから』と言うと『なぜ黒がかっこいいと思うのか、じゃあピンクはかっこよくないのか、そもそもあなたにとって”かっこいい”とは何ですか?』と聞かれます。自己探求みたいなものだと思いますが、この発想はとても勉強になりました。今でも選手のためにデザイン画を描くときに、『私が選手を通じで表現したいこと、見ている人に伝わってほしいことは何なのか』かっこいい、可愛いという理由ではなく、自分なりにて提案するようになりました。」

(中略)

衣装を作製する際、伊藤氏にとって重要なことや目標はあるのだろうか。

「私は日本の専門学校の恩師に言われた言葉を頭に入れて制作しています。『ある人はディテールを気にするけど全体を見ない、ある人は全体を見るけどディテールを気にしない、お前はその間の人間になれ』」

(中略)

伊藤氏は羽生結弦のために手掛けた衣装で名の通ったデザイナーだ。Jackfigure.comはフィギュア界の異端児との経験について尋ねた。

羽生選手から初めて依頼が来たのは2015年だったと思います。私もまだ駆け出しだったので、依頼が来たときにはめっちゃびっくりしました。衣装の打ち合わせで初めてお会いしたときも緊張でずっと手が震えていました。
(誰でもそうだと思います!)

FTトラベラー 2-2_Fotor

(伊藤さんデザインによる羽生選手の最初の衣装はファイナルタイムトラベラーのブルーの衣装だったと思います。)


「今も緊張はしますが…さすがに手の震えは無くなりました。」

それに続けて、伊藤氏は羽生が衣装に対して抱いている想いについて詳しく語った。

「羽生選手は音楽と衣装の繋がりをとても重要視されますね。もちろん機能面もです。見た目と機能面、どちらも両立させるのは難しいですが、羽生選手が毎シーズン高みに行くので私も後を追いかけて行っている感じです」

「5年前と比べると、衣装もかなり軽く進化していますので、羽生選手のお陰で素材の使い方や技術が向上したと思います。」

(中略)

伊藤氏は今年3月に自身の作品集、『Figure Skating Art Costumes』を出版した。Jackfigure.comは彼女のこの本を出版するに当たっての経験は衣装製作と比べるとどのようなものであったか気になった。

「作品集を出すのは私のひとつの目標でした。この業界は衣装の著作権が曖昧な部分が多いので、私の名前で作品集を出すことができてとても嬉しかったですし、協力をしてくれた選手には感謝しかありません。」


伊藤聡美作品集 カバー2_Fotor


だが出版は一筋縄では行かなかったようだ。

「本の出版は大変でした。編集者、カメラマン、本のデザイナー…などなど、沢山の方の意見があり、私だけの意見は通りませんから…」

出版社から私のイメージと全く違う提案をされて、もう出版は中止にしたいとまで思った事があります。最終的になんとか納得ができる本に仕上がったので良かったですが、今後作品集を出すことはないと思います。あるとしても自費出版にします。とにかく良い経験になりました。

(作品集を作る過程では、色々と出版社との軋轢があったことが窺えます。商業的な成功を狙う出版社サイドと、自身の作品集としてベストなものを望む伊藤さんとでは、かなりの認識のずれがあったようですね。今後作品集を出すことなない。出すなら自費出版で。という伊藤さんの言葉からそれが窺えます。
でも、是非また作品集2冊目も出して欲しいです。本当に素敵な作品集でしたから。)



(中略)

スケート以外にも新体操やバレエ選手の衣装を手掛けている伊藤氏。他の競技でユニフォームのデザインに携わりたい競技があるか尋ねた。

「体操とアーティスティックスイミングですかね。スポーツ以外だとウェディングやオペラもやってみたいですね。重さを気にしないドレスを作りたいです。

(伊藤さんデザインによるウェディングドレスやオペラの衣装、素敵でしょうね。フィギュアスケートの衣装だと、軽さが第1条件ですから、重さを気にしないドレスを作りたいという気持ち分かりますね。)

最後にJackfigure.comは若くして様々な功績を残してきた伊藤氏に自らのブランド立ち上げの可能性、そして彼女の将来の目標を訊いた。

「ブランド=会社って意味で捉えて良いですか?」と彼女は訊いた。「何年か前までは、会社にしようかと考えていた時期もありましたが、オフィス借りて、従業員呼んで、今よりさらに仕事の量を増やしてっていうのは何のメリットがあるのかなと思ってしまいフリーのままですね」

(私にとって、伊藤さんは何よりも自由を愛する人、というイメージがあるので、会社のオーナーになって色々なものに縛られるよりは、あくまでフリーランスのデザイナーであろうとする気持ちが分かるような気がします。)

「衣装製作できればそれで良いので、今後も変わらないと思います。」

彼女は将来、自らが蓄えた衣装製作に関しての知識を広めたいと話した。

「将来の目標…北京五輪で一区切りしたい。衣装製作を辞めるつもりはないですが、自分のピークは次のオリンピックだと思っています」

「実際、次世代の選手から依頼ないですし(笑)学生やお母さんから『衣装の作り方を教えて欲しい』という問い合わせが多いので、ゆくゆくは私塾みたいな事ができたらいいかなと思っています。」

(「北京オリンピックで一区切りしたい」というのはちょっとショックでした。「自分のピークは次のオリンピックだと思っています」って、それって羽生選手が現役を退いたら自分もピークアウトするかのように考えているということなのでしょうか。
次世代の選手からの依頼がないのは、伊藤さんのエレガントでゴージャスなオートクチュール衣装を着こなすには、余り若い選手には荷が重いというだけのことだと思います。

伊藤さんにはこれからも、フィギュアスケート衣装だけでなく、ウェディングでもオペラやバレエでも、広く活躍して言って欲しいなと思ったインタビューでした。)


英語と日本語の記事全文はこちらから、是非お読みください。


オーサーコーチのインスタグラム、皆さんもうご覧になっていると思います。
先ずはクリケットクラブの練習再開よかった!!
オーサーコーチもお元気そう。


でも、この中に羽生選手の姿は見当たりません。

カナダにいるのか、日本にいるのか分かりませんが、私は仙台に帰っているのではないのかなと、ひそかに思っていました。なぜならば、このコロナ禍の最中には、やはり家族が一か所にいることが安心なのではないのかなと思ったからです。

もし、日本にいるのならば、7月に日本ーカナダの航空便が復活したらカナダに戻るということになるのでしょうか。

一日も早くクリケットクラブの練習に参加できますように!!



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2020年06月16日

結弦くんと梨花ちゃんの共通点




Amazonからのお知らせ通り、昨日15日の午前中に『YUZURU'LL BE BACK Ⅱ』が届きました。

IMG_2253 (1)


表紙は美しい春の精、裏表紙は朝の光の中を歩く透明感あふれる横顔、

そして表紙カバーの裏面には紫の衣装のバラの精が隠れているのです。

19 Origin  小海途

(小海途さん撮影:写真集カバー裏と同じものではありません)

そっとページを繰ると、一枚一枚の写真が大切な宝物のような気分になってきます。

一気に見てしまうのは惜しいような気がして、これから時間をかけてゆっくり堪能しようと思います。


さて、紀平梨花ちゃんのオーサーコーチに師事するとのニュースは、早速フジのS-PARKでも取り上げられていましたね。
 

身近で羽生選手のジャンプを見て、梨花ちゃんのジャンプの精度が上がっていくのは確実だと思います。

既にクリケットクラブで練習する真瑚くんと、結弦くん、梨花ちゃんとで、日本人選手は3人になります。

クリケットクラブ 西山真瑚

梨花ちゃんにとっては、お兄ちゃんが2人いるようで、心強い環境になりますね。


クリケットクラブ 19 7 13

こんな環境の中に入っていくのだと思うと、梨花ちゃん自身もワクワクドキドキしていることでしょうね。





確かに結弦くんと梨花ちゃんの二人には「やり抜く力」のような共通点を感じます。

17歳でオーサーコーチに師事して19歳でソチオリンピックで金メダルを獲得した結弦くん。
17歳でオーサーコーチに師事して19歳で北京オリンピックの金メダルを目指す梨花ちゃん。

同じストーリーを再現できるよう頑張って!



明日(もう今日ですが)は新宿に行ってみたいと思っています。

新宿 紀伊国屋書店 1


紀伊国屋書店1階脇のコリドーがギャラリーのようになっているらしいのです。



本当に久しぶりの新宿です。3カ月ぶりくらいになるのかな。

クラスターが発生している歌舞伎町に結構近いところなので、N-95で完全防備して行かなくては。

どんな風だったか、またご報告しますね。


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2020年06月14日

世界ランキング1位の二人



昨日の、紀平梨花選手がオーサーコーチにも師事するとのニュース、驚くと同時に、やはりそうなったか、と言う気持ちもありました。

紀平梨花が羽生結弦を指導するオーサー氏にも師事「北京五輪へ成長できる」

スポーツ報知 6/14(日) 6:00配信

 自分を追い込むための環境を模索していた。「見て学ぶことができることはすごく大きい。見本が目の前にたくさんあると、感覚がつかみやすいと思うので。たくさんのいいジャンプを跳ぶ選手を見て学んで、いいジャンプを自分の感覚に入れられたらなと思っています」。4回転の精度向上を目指すだけでなく、スピンやスケーティングにも磨きをかけたいという思いが強い。
(スポーツ報知の記事より)




紀平選手の抜群の運動神経と美しいスケーティング、自主性と技術の習得の早さ等に、羽生選手と同質のものを感じることもあり、正直なところ、このまま濱田美枝コーチの元に留まるよりも、もっと大きな可能性を求めて世界に出て行くべきではないかなと感じることもありました。


19  オータムクラシック 紀平 SP 2


既に2018年夏のスイス合宿で、ジスランコーチと一緒に羽生選手のジャンプ動画を見ながら練習していたこともありました。


18 夏 スイス合宿 8


18 夏 スイス合宿 4


今回のことは、それに加えて、濱田コーチと織田信成さんとの指導方法を巡る軋轢があり、裁判にまでなっていたことも関係しているのかもしれません。


真っ先に、賢明な宮原知子選手が、バーケルコーチをセカンドコーチとし、今回のコロナ禍の最中でも日本に帰国せず、カナダに留まって練習を続けていることを見るにつけ、また、織田さんの人柄からしても、やはり何かしら関西大学のリンク内に問題があったのではないのかなと推測してしまいます。

先輩である宮原選手の行動も、きっと紀平選手の背中を押したのではないでしょうか。



これによりオーサーコーチは、羽生結弦・紀平梨花という、男子・女子共に世界ランキング1位の選手を指導することになります。

19 NHK  ユヅ 梨花_Fotor

ISU World Standings MEN⇒http://www.isuresults.com/ws/ws/wsmen.htm

ISU WOrld Standings WOMEN⇒http://www.isuresults.com/ws/ws/wsladies.htm


2019年NHK杯直後の二人のインタビューです。




思えば、ハビエル・フェルナンデス選手の4Sを学びたいと言ってクリケットに行った羽生選手。
今度は羽生選手の4Sを学びにクリケットクラブに向かう紀平選手。
ここでもContinueですね。


来シーズン、より強く、より洗練された技術と表現力を身に着けた紀平梨花選手を見るのが楽しみです。

25ans 紀平
 

高いポテンシャルを持つ梨花ちゃんのこれからの活躍を期待しています。

二人とも来シーズンに向けて、一日も早くクリケットクラブで練習を始められますように!


IMG_2224


アジサイ

梅雨を彩る色とりどりの紫陽花が綺麗。


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2020年06月13日

梨花ちゃんクリケットクラブへ



これはビッグニュースではありませんか?!


紀平梨花が羽生結弦のコーチのオーサー氏に師事 
メインコーチは浜田美栄氏変わらず

6/13(土) 17:00配信  スポーツ報知


フィギュアスケート女子で四大陸選手権2連覇の紀平梨花(17)が、7月に始まる新シーズンからカナダのブライアン・オーサー氏に師事することが13日、分かった。メインコーチはこれまで通り浜田美栄氏が務める。

紀平梨花

 新型コロウイルスによるカナダの入国制限が解除され次第、カナダに渡り、トロントのクリケットクラブで練習をスタートさせる。今後は日本とカナダを拠点とする。


これまでも、ことあるごとに、羽生選手のジャンプをお手本にしていると語っていた紀平選手ですから、全く想像していなかったわけではありません。

しかし、現実となってみると、やはり大きな驚きです。

紀平梨花 インタビュー 2


今後は羽生選手と共に練習する機会も増え、梨花ちゃんの3Aに一層磨きがかかり、さらに4回転ジャンプの種類も、現在挑戦中の4Sに加えて増えて行くとよいですね!

18 Heroes &Future 紀平梨花

北京冬季オリンピックに向けて、万全の態勢で臨むのですね。
頑張って欲しいです。
期待しています!

まだこれから詳しい続報が届くと思いますが、取り急ぎ。

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2018年10月11日

コーチの誇りとなる


文芸春秋11月号の記事『羽生結弦は私の誇りです』を読みました。


2012年春に羽生選手がオーサーコーチの元に来てから2度のオリンピック金メダルを取り、そして現在に至るまでのエピソードを、コーチ自身の過去の経験を交えながら語っているという内容でした。


2012年のニースでの世界選手権の後にカナダに拠点を移したころ、「あともう少しでコントロールを失うギリギリのところで滑っているよう」な17歳の血気盛んな少年だった羽生選手の溢れる才能とエネルギーを見て、「その野性味を自分でコントロールできるように基礎をもっと強化していこうと」いう方針をトレーシーコーチと共に立てたそうです。


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この記事の中で圧倒的に強い印象を受けたのはユヅとハビのピョンチャンオリンピックでの練習光景でした。

少しだけ引用させていただきます。

「確かフリーの日の公式練習のことでした。ハビとユヅが並んでエッジワークを見せたのです。
いつもこのクリケットクラブでグループでやっていることを、二人並んで揃ってやったんです。
あれは人に見せるためではなく、自分たちのためだったと思う。
私たちのところに戻ってきたとき、二人の間に、はっきりした結束の意識を感じました。厳しいプレッシャーに直面するときは、一人でも多くの仲間が必要なんです」
(中略)
「ジャッジたち全員が、ハビとユヅの美しいエッジワークを見ていたんです。だから私は、
『きみたちは素晴らしかった。おかげで、我々まで鼻高々だよ』
と言ったら、二人は相手の顔を見てハイファイブ(ハイタッチ)をしました。これまで多くの素晴らしい瞬間にコーチとして立ち会ってきたけれど、あの時ほど自分の生徒たちを誇りに思ったことはありませんでした」


読んでいて、その光景が目に浮かび、ジーンとしてしまいました。

「人に見せるためではなく、自分たちのため」、この日まで共に過ごした6年間のクリケットクラブでの練習と同じことをした。

ショートプログラムで1位と2位になっていた二人が、フリーの前日の練習で、翌日には最大のライバルとして戦う相手と一緒に揃ってエッジワークの練習をすることは、これまでも、これからも無いと思います。



二人の間にはこの時、同志としての強い共感と連帯感があったのでしょう。

完治していない怪我を抱えたユヅと、ソチオリンピックで惜しくも表彰台を逃してしまい、最後のオリンピックに夢を賭けたハビ。

順位はどうであれ、一緒にオリンピックの表彰台に立とうという、互いの意思確認でもあったと思います。

これを見て泣かないコーチがどこにいるのでしょうか。
きっとオーサーコーチの目にも涙が宿っていたに違いないと私は信じています。



画像はずっと前にたまたま動画で見かけた練習風景が素敵で、キャプチャーしてあったものです。

この時はまだクリケットクラブに移籍して間もない頃だと思いますが、オリンピック会場での二人揃ってのエッジワーク練習のイメージはこんな風だったのかなと。




練習風景 4


練習風景 5


練習風景 6


練習風景 7


練習風景 8


練習風景 9


練習風景 3


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(ボケボケ画像ですが想像力を駆使してご覧くださいね)
初めてのGIFです。スマホでは見れない場合はこちらから試してみて下さい。




18-2-17 FS後 3_Fotor



18-2-17 グリーンルーム -1



これからは違う道を歩んで行く二人の未来が栄光と幸福に満ちたものでありますように。


18-2-17  メダルセレモニー 9-1





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☆全ての画像、文の転載、引用はご遠慮下さい。


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