早稲田大学

2020年10月21日

紫と緑と10月21日



松原孝臣さんによる伊藤聡美さんの記事を読みました。

一部だけ抜粋引用させていただきました。


羽生結弦の難題にも応えるデザイナーの底力 
フィギュアスケートを彩る人々(第3回)

文=松原孝臣 写真=積紫乃

伊藤聡美 松原孝臣 記事 1


華やかだけではない男子フィギュアの衣装

  フィギュアスケートは音楽を用いた作品としての芸術的な領域と、順位を競うスポーツの両面を備える。フィギュアスケートがアートスポーツであるゆえんである。

 選手それぞれに、濃淡はあっても意識はしているだろう。その中でも、伊藤がこう語る選手がいる。

「フィギュアスケートがアートスポーツであることを理解されていて、自身の美学があるなと感じます」

 羽生結弦である。

「単純に華やかなのではなく、世界観が表れる衣装にしてほしい、とは言われています。羽生さん自身、自分に似合う衣装のイメージを持っていると思います。フィッティングのときにも、『もっとここをキラキラさせてもいいと思います』と意見を言ってくださる」

 同時に、競技の流れにも対応していかなければならない。近年、フィギュアスケートにおいて目立った動きの1つが、男子における4回転ジャンプの増加だ。衣装にもその波は押し寄せた。

「『できるだけ軽くしてほしい』という要望は年々、強くなっていますね」

 選手はすぐ「前の衣装よりも軽いです」と気づくという。


急な依頼に応えた『SEIMEI』の衣装

 羽生と言えば2019-2020シーズン、今年2月に開催された四大陸選手権を前に、プログラムを変更した。フリーは平昌五輪での演技で一般の人にも広く知られる『SEIMEI』を再び用いたのだ。

 伊藤にとって4着目※の『SEIMEI』の衣装だった。

※2015-2016の開幕前のアイスショー時、2015-12016シーズン、2017-2018シーズン、2020年四大陸選手権の4回

「『SEIMEI』の衣装は、今まで作った衣装の中でもパーツ数がとても多い。あの難しい衣装を、ひと月もないくらいで作らないといけない。とにかく、必死でした」

「襟の部分を黄緑にすることと、ボルドーとゴールドの石を」というリクエストを受けつつ、伊藤は見事、急な依頼に応え完成。無事、大会に間に合わせた。

伊藤聡美 松原孝臣 記事 2


製作においては、羽生はカナダにいるので、仮縫いなしで進んだ。

「体型は変わっていないでしょうから、その点も大丈夫だろう、と」

 自己管理の徹底した羽生だからこそのエピソードだ。何年も、羽生の衣装を担当してきて、今、こう語る。

「羽生さんの求めているものの120%くらいになるようにと思って、納得するものを作るという気合で作っています」

 フィギュアスケートはアートスポーツである。伊藤はかねがね、そう語る。そして羽生もそれを深く理解する。そこにはきっと、お互いに相通ずるもの、共感もある。
(引用ここまで。)

記事全文はこちらから是非お読みください。


羽生選手が音に対して大変繊細な神経とセンスを備えていることは勿論ですが、色彩に関しても大変に敏感で、自分のセンスにこだわりが強いなという印象があります。


私の中では、羽生選手の衣装の色はブルー、ホワイトがベースで、+紫・緑・ゴールド というイメージなのです。

特に大切なオリンピックシーズンの衣装は、ソチのSP「パリの散歩道」がブルー、
FS「ロミオとジュリエット」がホワイトに赤紫と緑のストーン。

2014 ソチ fs  6_Fotor_Collage



そして平昌ではSP「バラード第1番」のブルーのグラデーション、
FS「SEIMEI」のホワイトに紫と緑の襟元と袖口の色使い。

18-2-16  SP  1_Fotor_Collage



この記事で初めて知ったのですが、四大陸の「SEIMEI」の衣装の装飾もボルドーとゴールドの石でという、羽生選手からの注文だったのですね。
確か最初は黒とゴールドの石だったように記憶しています。

襟の色の重ねも、かなり細かい注文が出ていたようです。


20 4CC  SP  読売 2_Fotor_Collage



色相環で見れば、紫と緑は正反対の色同士の補色関係となり、一番インパクトの強い組み合わせになります。
スーパースラムを達成した四大陸選手権のSEIMEI衣装は、この図の7番と17番の組み合わせですね。

ソチのロミオとジュリエットは10番と20番くらいでしょうか。


色相環



確か、緑とピンクがラッキーカラーだと、どこかで言っていたように思います。
その延長線上で、紫系統と緑系統の組み合わせを選ぶというのもあるのかもしれませんね。


オリンピック以外でも、
2016-17シーズンのSP「レッツ・ゴー・クレイジー」のパープルと、
FS「ホープ&レガシー」のエメラルドグリーンとか、


17 ワールド fs  jiji  8 (2)_Fotor_Collage



2019-20シーズンのSP「Otonal」のブルーと「Origin」の紫とか、
衣装のカラーへのこだわりはフィギュアスケート界一だと思います。


19 スケカナ SP スポニチインスタ 長久保 4_Fotor_Collage




そのこだわりを120%実現させようという気合で創って下さる伊藤聡美さん、本当に、文字通りの「有難い」存在だと思いました。

伊藤さんの記事、第1回第2回も面白かったので、よろしければ是非お読みください。





さて、最近では毎日が〇〇の日みたいですが、
今日は結弦くんの母校、早稲田大学の創立記念日です。

早稲田 1 (2)



1882年(明治15年)10月21日、校歌にも謳われている「学の独立」の精神を宣言し、東京専門学校として開校ました。

例年なら色々なイベントもありますが、今年はこの状況で、寂しい創立記念日になってしまいますね。

しかし今は、特に「学問の独立」が危うい風潮もありますので、早稲田大学頑張って欲しいです、


10月21日は他にも歴史に残っている日でもあります。

奇しくも第2次世界大戦中の1943年10月21日は、東京の明治神宮外苑競技場で出陣学徒壮行会が行われた日でもあります。
学業を中断させられた20歳以上の文科系の学生7万人が大雨の中でびしょぬれになって行進するというなんともやりきれない映像は、多くの方が見たことがあるのではないでしょうか。


そして1967年10月21日は、米国のワシントンD.C.で10万人以上の人々がベトナム戦争反対デモ(ペンタゴン大行進)を行った日でもあります。
同時にヨーロッパ各国や日本でも大規模な反戦デモが行われました。

それに因んで、日本では10月21日は国際反戦デーとも呼ばれています。


そのベトナム戦争での米兵の死者はおよそ6万人でした。
今。米国のCOVID-19による死者は22万人を超えています。ベトナム戦争時の4倍近くなっています。
そしてまだまだこの数は増えて行くでしょう。

ヨーロッパでも、南米でも第2波、第3波が押し寄せてきています。

そう考えると、私たちは国を越えて、このウィルスとの戦いに立ち向かうしかありません。

私にできることは、自分が感染しないようにすることだけなのですが、
一日も早く、有効な治療薬とワクチンが開発されるよう毎日祈っています。


そして、やがて何の心配もなく、結弦くんの夢のように美しいスケートに再び浸れる日が来ますように。

その日まで、結弦くんが4回転アクセルの完成を目指して、健やかに幸せに過ごせますように。



最後までお読みいただきありがとうございました。

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2020年04月24日

学業はいつでもできるけれど



このところ新学期シーズンのせいなのか、スケート選手の学校や学業に関するニュースをよく見かけます。


イェール大学に通うネイサン・チェン選手がコーチの資格を取ったこともニュースになっていました。



20歳のチェン、コーチに? 練習自粛中に資格取得―フィギュアスケート

JIJI.COM 2020年04月22日16時34分
フィギュアスケートの世界王者、弱冠20歳のネーサン・チェン(米国)が新しい試みに挑んでいる。新型コロナウイルスの感染拡大で氷上練習ができない中、コーチ資格の認定を受けた。米国協会公式サイトのインタビューで明かした。

 3月の世界選手権が中止になって、すぐに思い立ったという。米国協会が全コーチに義務づけているプロスケーター協会の試験を「100%(満点)」でパス。これまでも米コネティカット州のリンクで子供たちと接していたが「資格を認められたからコーチとして教えられる」と意気込む。
 新型ウイルスの影響を受けても「このパンデミックで後退させられているが、別の方法で物事を研究できる」と前向きに捉え、コーチングへの興味を「より知的に関与させてくれる」と話す。
 スケーターとして次のシーズン、さらに2年後の北京五輪を見据えている。エール大学の春学期がオンライン授業になったため、シーズン終了後は自宅に戻った。体幹や臀部(でんぶ)の鍛錬に力を注いでいる。
 今はリンクから遠ざかっているが、不安はないという。股関節を負傷した4年前を振り返って「5カ月も離脱したが、復帰して新たなジャンプも加えられた。あの時も五輪まで2年あった。他の方法で実りが多ければ、氷に乗れないことはそれほど心配していない」。
 アクセルを除く5種類を決めた4回転ジャンプのうち、ループは練習でも苦しみ、試合でしばらく決めていない。「できる限り、再び取り組みたい」と課題克服に意欲をみせた。(時事)



現在フィギュアスケート男子シングルをリードする羽生選手とチェン選手。

二人は共に学生でもあります。


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羽生選手は早稲田大学人間科学部eスクールに所属し、
チェン選手はアイビーリーガーの一角であるイェール大学に通学しています。

カナダと日本を行き来する羽生選手がeスクールを選んだのは賢明な選択だったと思います。


羽生選手は2013年に入学したので、8年以内の卒業を目指すならば来年3月がリミットとなりますね。
練習、試合、アイスショー、様々な仕事、それらと並行して学業もこなしていくのは大変なことでしょう。
今、それらが全て止まることで手にした時間を有効活用して猛勉強中かもしれないですね。



しかし、勉強はいつでもできることです。
本当に自分にとって必要と思えば、30歳であれ、40歳であれ、50歳であれ、いつでも学ぶことができます。

一方、フィギュアスケート選手であることは、30歳、40歳、50歳になってからでは不可能です。

ですから羽生選手が今、学業よりもトップスケーターとしての立場を優先させているのは全く正しいのです。
実際、フィギュアスケートに関しては、既に早稲田大学から名誉博士号を授与されてもいいくらいの研究を積んでいると思います。



チェン選手はかつて医学部に進んで医者になりたいと言っていました。
その後は統計学に興味を持ったり、ISUに入りたいとか、そして今回はコーチ資格と、色々なことに興味をお持ちのようです。

その反面、羽生選手はブレることなく徹頭徹尾フィギュアスケーターとして全うしようとしている人です。
自分は「フィギュアスケートのために生まれてきた」と言うくらいです。



結局言えることは、
羽生選手にとって、スケートは人生の全てを捧げても悔いのない唯一のもの。

チェン選手にとって、スケートは人生の他の多くの選択肢の中の一つ。


その差が私たちが感じる熱量と磁力の差になって表れているいるのではないでしょうか。


私たちは、スケートに向かう気持ちの純度の差みたいなものを感じるのではないのかな。

どちらが良いと言える問題ではないけれど、

引力と言う意味では、羽生結弦に勝る選手は現在見当たらないと断言できます。



早稲田大学人間科学部人間情報科学科には、先輩である羽生選手を追うように、
次々とスケーターが入学しているようです。

早稲田大学スケート部フィギュア部門公式Imstagramより

西山真瑚選手も




島田高志郎選手も



いずれ佐藤駿選手も入学してきそうな予感!





最後に、3.11の後「東北ユースオーケストラ」を編成し代表・監督を務める坂本龍一さんの記事です。
坂本龍一に清志郎が警告していた コロナ危機「その後」

東北ユースオーケストラ

https://digital.asahi.com/articles/ASN3W5STRN3VUCVL002.html?pn=7

こういう視点も大切かなということで、お読みいただければ幸いです。



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2018年09月27日

西北の風に吹かれて


時として、23歳とは思えないような王者の風格を見せつけたりする羽生選手ですが、確かに23歳の大学生でもあるわけです。



18 オータム Origin  8



在学中の早稲田大学の校友広報誌『西北の風』最新版のニュースアーカイブ2018ではスポーツ部門のトップニュースとして取り上げられています。


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鎌田薫総長の祝辞

羽生結弦選手の国民栄誉賞を心よりお祝い申し上げます。
早稲田大学初の在学中での国民栄誉賞受賞の快挙を心から嬉しく思います。
羽生選手の活躍は、全国の早稲田大学関係者、早稲田ファンをおおいに沸かせてくれただけでなく、スポーツの枠を超えて日本国民に大きな希望を与えてくれました。
今後も、限界に挑み続ける早稲田魂を発揮し、より一層の活躍を期待したいと思います。




また来年3月には『早稲田アリーナ』も完成予定で、この中にはスポーツミュージアムも併設されるので、羽生選手に関する展示もされることでしょうね。

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スケーター、学生、様々なお仕事と、常に多忙な羽生選手ですが、以前大学院での勉強も望んでいると言っていたように思います。

彼ならきっといつの日か母校で学生達に自分の経験を伝える立場にもなれるでしょう。


いつか世界を回って自分の経験を伝え、アスリートを助ける講師になりたいと語っていた羽生選手の未来像が実現するといいなと思っています。


神


そんな未来像を心に描きながらも、今は世界一のスケーターとして、私達をもうしばらくワーワーキャーキャー言わせて下さい。


18 オータム スポニチ 小海途 4


それもなるべく長い間ね!



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