2022年07月21日
報道の自由とスケ連のH.P.
記事のタイトルがちょっと変ですが、お読みいただければ幸いです。
NumberWebの松原孝臣さんの記事を読みました。
「羽生結弦は引退」と書いた“フライング報道”への違和感…本人発表を待たないスクープの“リスク”とは「選手の心理が変わることもある」(松原孝臣)#羽生結弦 #YuzuruHanyu #フィギュアスケート #figureskate https://t.co/IeHWBBPHr1
— Number編集部 (@numberweb) July 21, 2022
羽生結弦に関する部分のみ、一部引用させていただきます。
「こんにちは。羽生結弦です。この度はこのような場に皆さん集まって下さって、そして見て下さって本当にありがとうございます。最初に一つ、もう一つだけ感謝を述べさせていただきます。先の一部報道であった通り、いろいろなことを言われてしまいましたが、その中でも、自分のこと、そしてここまで応援して下さっているファンの方々も含め、色々なことを考えながら気持ちを大切にしていただきながら、自分が決意を表明することを、常にメディアで発信して下さった方々に深く深く御礼をさせてください」
感謝から始まった言葉の中の、「先の一部報道で」というくだりで、羽生は心なしか目を伏せたように遠目には見えた。
記者会見に先立って、「引退を表明することが明らかになった」という趣旨の記事が報じられていた。会見当日の未明だったが、それはメディアの関係者の中でも反響を呼び、またファンの人々の間にも波紋を起こしたという。
「ほんとうに引退なのかな」
「引退することで決まりなんですかね?」
会見が始まるまでの待ち時間には、報道陣の間でそんなやりとりも起きていた。
また、それがほんとうなのかを知りたいという思いの一方で、「会見よりも先に出すのはどうなんだろう」という意見も耳にした。
(中略)
羽生の会見に戻る。さまざまな角度から語った言葉の本意はどこにあったのか。例えば次の言葉は、それを端的に示しているように思える。
「フィギュアスケートって、現役がアマチュアしかないみたいで不思議だなと僕は思っているんですけど。実際、甲子園の選手が野球を頑張っていて甲子園で優勝しました。プロになりました。それは引退なのかなと言われたらそんなことないじゃないですか」
冒頭にも記したように、会見の意図は、次へと向かう決意、決して引退ではないことを伝える、まさに決意表明にあった。時間をかけて考え抜いた言葉があった。会見を終えた今、会見を前に“引退”として伝えられた内容はどう映るだろうか。
(中略)
羽生は記者会見で自身のこれからを明らかにする方法を選んだ。羽生はブログやSNSをしていない。ただ、記者会見によらず先にネット上でダイレクトに公表する手段はあっただろう。
それでも記者会見という場を選んだのは、まずは自らの言葉で語りたい、言葉を広く伝えてほしいという思いからではなかっただろうか。
会見の内容、そして羽生の思いに考えを巡らせると、先立っての記事について、“どうだったろうか”と感じるのは否めない。(完)
「先の一部報道」というのは、日刊スポーツが、結弦くんが「決意表明」すると発表されていた19日未明(3AM頃かな)にウェブ記事で「羽生結弦引退」を報じたことを指しているのは自明のことです。
あと何時間か待てばよい事なのに、わざわざ他社に先駆けてスクープ記事としたかったのでしょう。
一ファンとして私も不愉快に思いました。
かと言って、報道の自由は確保されるべきものである以上、仕方がないと言えば、その通りです。しかし日刊スポーツは、この件で逆に多くの結弦ファンの読者を失いましたね。
私も今後日刊スポーツを買う気にはなれません。
しかし、実際に私が結弦くんが競技スケーターを辞めるのだと確信したのは、この記事ではありませんでした。
18日の夜からずっと、私は日本スケート連盟のホームページをかなり頻繁にチェックしていました。そして日付が19日に変わる前、18日深夜に、トップページにあった結弦くんの画像が全てなくなっていたのを確認しました。
あの爽やかなレミエンの衣装の結弦くんはもうどこにも見つけられませんでした。
(画像を保存しなかったことが悔やまれます。)
フィギュアスケートのページに現れるのは男子シングルではU選手とK選手だけになっていたのです。
スケ連は羽生選手の記者会見を待たずに、羽生選手の画像を全て削除していたのです。
穿った見方かもしれませんが、日刊スポーツもスケ連のこの処置を確認した後で、確信を持って「引退」を報道したのかもしれません。所謂「ウラを取った」ことになるわけですから。
全てのメディアに先駆けて羽生結弦の画像を取り除いたのはスケート連盟だったのです。
どうしてそんなに急ぐ必要があったのでしょう。
そんなわけで、今更スケ連がどんなに結弦くんの業績を誉めそやしたとしても、花束を贈呈しても、私はこれまでの数々の結弦くんに対する敵対的態度や仕打ちは決して忘れるつもりはありません。
礼儀正しい結弦くんは、昨日きちんとスケ連にごあいさつに出向き、お礼を述べてきました。
#羽生結弦 さん、日本スケート連盟にあいさつ 報道陣に「昨日はありがとうございました」と両手を振り笑顔 https://t.co/L9jfZdMJmd #スポーツ #sports #ニュース pic.twitter.com/7sA5yEkEHj
— スポーツ報知 (@SportsHochi) July 20, 2022
フィギュアスケート男子で2014ソチ、18年平昌五輪を連覇した羽生結弦さんがプロ転向の決意表明会見から一夜明けた20日、スケート連盟と日本オリンピック委員会(JOC)が入るジャパン・スポーツ・オリンピック・スクエア(JSOS)を訪れ、あいさつを済ませた。
午後にスーツ姿で現れた羽生さんは、待ち受けた報道陣に向かって、「昨日はありがとうございました」と満面の笑みを向けた。前日19日は午後6時に会見を終えた後、夜はテレビ各局の番組に生出演。睡眠不足であることは明らかな様子であったが、表情は元気そのもの。全身から、すがすがしさがあふれていた。
スケート連盟の理事や職員に「小さい頃から国際大会への派遣、競技会への出場ができたのは、スケート連盟みなさまのサポートのおかげでです。これからもよろしくお願いします」と感謝を述べた。大きな拍手に包まれ、花束が手渡された。
JOCは14年ソチ、18年平昌、22年北京の五輪3大会の名場面を、5分を超えるスライドショーにまとめてお出迎え。羽生さんは「懐かしい写真ですねえ」と喜んでいたという。JSOSには約1時間滞在。車内から、報道陣が見えなくなるまで笑顔で両手を振り続け、去って行った。(高木 恵)
結弦くんの未来には素晴らしく大きな可能性が開かれていることに確信を持ちながらも、
まだ時々、ここに至るまでの結弦くんの険しかった道のりを思い出して、わけもなく涙が溢れだしてきてしまうことがあります。
しばらくはそんなことが続くのだと思います。
きっと結弦くんが決断するまでの道のりを追体験するような感じでしょうか。
やがて涙が心の滓を洗い流してくれるでしょう。
そしてまた、結弦くんと一緒に夢を追いかけたいなと思います。
結弦くんのどこかラテン的な楽天性も大好きです。
【NEWS】
— Yuzuru Hanyu Latino (@YuzuruLatino) July 20, 2022
🎉 ¡¡Yuzuru manda un mensaje todos sus fans de Latinoamérica!! pic.twitter.com/LG7SVP0upG
お読みいただきありがとうございました。
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