2022年03月13日
記者座談会より
フィギュアスケートマガジンの楽しみの一つは記者座談会です。
北京五輪総集編の記者座談会は、現地で全てを見た、吉田学史さん、高木恵さん、小海途良幹さんの3人の、本音のトークから、北京での緊迫感が伝わってきました。
その中でも特に小海途さんの指摘は、私の感じたことに近いような気がしました。
小海途さんは「神」と称されるほど、いつも素晴らしい写真を見せてくださいますが、
そのコメントも、ファインダーを通して感じる羽生選手の本音を伝えてくれているように感じました。
羽生選手は、人の目を引き付けて、その人をどっぷりその世界に引き込む一方で、
羽生選手自身は最後まで自分を引いたところから見ていた気がします。どういう状況になっても客観的な視点を常に持ち合わせていたし、自分の細かい部分にまで、どういうふうに見られているかを考えていたように思うんです。
苦境に陥り、ともすれば主観的になりそうな場面でも「羽生結弦」は崩さなかった。
そして、客観的、俯瞰的な視点で自分を見ることで、未来も見通すことができていたように思います。
北京五輪で綴られるであろうストーリーは、ある程度彼の中で見えていたと。
4Aを構成に入れるということは、百パーセント勝利を目指していくというところからは少し外れるわけじゃないですか。
五輪に出たとしても厳しい戦いになるということは彼自身わかってたんじゃないかなと。
『天と地と』は、天下を取ることを表現するのではなく、自分の道を追及して、己の美学に則って戦うことを表現したプロフラムだと思います。
羽生選手は2月14日の会見の中で、このように答えています。
「上杉謙信っていうか、自分が目指してきた『天と地と』っていう物語というか、自分の生きざまっていうか、それにふさわしい演技だったんじゃないかなって思うんです。(中略)
僕はあのプログラムも、プログラムとして満足しています」
確かに確実に勝ちに行こうと思ったら、別の道もあったと思います。
しかし、羽生選手は自分が本当に目指すものである4Aを抜きにして勝ったとしても、それは自分にとって価値ある勝利にはならないと考えていたのだと思います。
正しいジャンプの跳び方をして、結果として、4Aは100%の成功には至らなかったかもしれないけれど、フィギュアスケート史上初の4回転アクセルと認定されたのですから、自分の生き方、羽生結弦としてのスケートの美学、それは貫けたのです。
SPで4Sが抜けてしまうというアクシデントが無かったら、少なくとも表彰台には届いていたでしょう。
でも、私は却って銀メダルや銅メダルで他の選手と同じ表彰台にいる羽生選手を見ることが無くて良かったなと思っています。
4Aで獲得した点数がたったの5点だったとしても、それは歴史的価値としては50点でもいいくらいと思っています。
だから、羽生選手は表彰台に姿がないことによって、逆に表彰台を平凡で魅力のないものに変えてしまったのだと思います。
羽生選手はどこにいるの?
どうしてここにいないの? という違和感は、
羽生選手がどこか別の異次元にいるということの証として感じられた気がしたのです。
1882年のオーストリア・ウィーンの国際大会で、ノルウェーのアクセル・パウルセンによって初めて成功したというアクセルジャンプ。
その1回転アクセルから140年目にして、日本の羽生結弦によって、初めて4回転アクセルにたどり着けたのです。
来シーズンの羽生選手がどんな選択をするのか分かりませんが、
2月14日の会見で、中国の記者からの「北京が最後の五輪ですか」という質問に答えて、
「このオリンピックが最後かと聞かれたら、ちょっとわかんないです。また滑ってみたいなぁとかって気持ちはもちろんあります」と答えていることに希望をつないで、彼が結論を出す日が来るまで、しばし待ちたいと思います。
お読みいただきありがとうございました。
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