2021年03月12日
あの日以前の全てが在った証明
昨夜の報道ステーションの動画をpinoさんが上げて下さっています。
ありがとうございます。
練習リンクを失った震災後の16歳の結弦くんのことば。
「スケート2~3年休まなきゃダメなのかな」
「やっちゃダメだろ」っていう思いがありました。
スケートを再開する原点となった2011年4月9日の神戸のチャリティー演技会。
そこから始まった10年間の軌跡は本当に山あり谷ありのジェットコースターだったことは、
ファンならよく知っていることですね。
でも、住む場所が変わっても、どんなことがあっても、結弦くんの心はあの日のまま変わらず、
10年後の今でも変わることなく被災地の人々と共にあります。
今日になってから、落ち着いて昨日の新聞を読みました。
見開きの大きな紙面いっぱいに小海途さんの写真と、結弦くんのことばが美しくレイアウトされたスポニチの紙面。
羽生選手の言葉の中で、特に心に響いた部分がありました。
「この痛みも、たくさんの方々の中にある傷も、今も消えることない悲しみや苦しみも…
それがあるなら、なくなったものはないんだなと思いました。
痛みは、傷を教えてくれるもので、傷があるのは、あの日が在った証明なのだなと思います。
あの日以前の全てが、在ったことの証(あかし)だと思います。
忘れないでほしいという声も、忘れたいと思う人も、いろんな人がいると思います。
僕は、忘れたくないですけれど、前を向いて歩いて、走ってきたと思っています」
災害に限らず、人は誰でも心の中に、いつまでも消えない傷を一つ二つ抱えているのではないでしょうか。
それを思い出すのは辛いけれど、その傷が痛むのは、失くしたものがかつて確実にそこに存在したことの証でもあるのですよね。
大切な人、幸せな時間、があったことの証なのですよね。
結弦くんは逆説的な言い方で、それを思い起こさせてくれました。
忘れないことの意味を思い起こさせてくれました。
同じく昨日のスポーツ報知の紙面にも、矢口カメラマンの写真と共に、
見開きいっぱいの結弦くんの言葉が掲載されていました。
中を開くと、「花は咲く」の作詞をした岩井俊二監督のメッセージがありました。
岩井監督も仙台出身で、大震災の時はロサンゼルスにいて、東京のスタッフと電話の最中にあの大地震が発生したのだそうです。
帰国後に故郷を訪れ、1週間かけて言葉を紡いで仕上げたのが「花は咲く」の歌詞でした。
「震災による死との遭遇は、人生でたまに経験する死別とは違う。死を受け入れて前に進むことは無理だと直感した。
亡くなった人から影響を受けることがある一方、生きているけど全然会わない人もいる。
物理的な死とは別の意味で、亡くなった人を覚えている限り、生きていることになるのでは」。
結弦くんの言葉と重なるメッセージでした。
心の中にその人がいる限り、その人は生きているのですね。
そうして未来まで、その人と共に歩んで行くことができるのですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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withgoldenwings at 18:17│羽生結弦










