お誕生日から一夜明けてマッシミリアーノさんからお祝いメッセージ

2020年12月08日

12月8日のNotte Stellata





昨日のお誕生日の記念写真です。

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レモンケーキとカシスとベリーのムースで紅白のケーキにして、お祝いしました。

とっても美味しかった


結弦くんはお誕生日をどんな風に過ごしたのかな。

誕生日くらいは練習お休みしたのかな。
いえいえ、そいいうタイプではなさそう。
お誕生日だからいつもより練習しよう、というタイプかな。

久しぶりの故郷での誕生日、きっと楽しく幸せな一日だったでしょうね。


プルシェンコさんからもお祝いのメッセージが届きました。



プルシェンコさんinstagram

大きな喜びをもって、僕のよき友であり、フィギュアスケートのヒーロー、羽生結弦の26回目の誕生日をお祝いしたい。
この困難で複雑な時期において、君の大いなる健康を願っている。
君の特別なパフォーマンスと勝利によって、僕たちすべてを幸せにしてくれることを僕は知っている。
我が友よ、お誕生日おめでとう。




そしてタラソワさんからも。


タラソワさんinstagram

お誕生日おめでとう。才能豊かで素晴らしい人!
私たちはあなたがいなくて寂しいです。会えるのを楽しみにしています。
健康でいて下さい!




今日はお誕生日後夜祭ですね。

去年の今日、12月8日はトリノGPFのエキシビションが行われた日です。

その時のことを思い出すために、去年の12月9日15日のブログから振り返ってみます。


<過去記事より>


エキシビションはNotte Stellataでしたね。


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予想して、こんな大きなバナーを作ってきたファンもいました。


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EX開始前の会場です。



練習と本番、どちらも素晴らしいので両方。







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このプログラムを選んだ理由として、羽生選手が語ったこと。

ーこのプログラム込めた思いとは。

まずはイタリア語のものということで、やっぱこの土地に合ったものだという風に最初に思ったのと、
そしてオリンピックの地だったということで、また、自分が平昌オリピックで金メダルをとって滑ったことを思い出しながら滑らせていただきたいなぁということも込めて、今回はこの選曲をしました。

ー今回のファイナルは羽生選手にとってどういう大会、経験になったでしょうか。

とても深いものがあります。
とても言葉では説明できないくらいの量の情報と感情が頭の中を巡っていて、
正直、何が正解か、自分の感情も何が正解なのか分かっていません。

ただ、今日、こうやって、この場所で、Notte Stellataを滑らせていただいた時に、
やっぱりとても幸せを感じながら滑らせていただき、また何かちょっとでも、何ですかね、
何かに触れる喜びだとか、何かと共にするー僕の場合はスケートなんですけどー
このスケートの感覚とか、または、皆さんと一緒にいる空間だとか、そういったものが、
こんなにも愛おしく思えた瞬間ってなかったと思うので、
そういったものをまた皆さんが感じていただけるようなプログラムだったらいいなと思っています。


本当に泣けてくるようなコメントです。

人生には大人になるほど思いもよらないアクシデントや事の成り行きが押し寄せてきて、
自分の力だけではどうにもならないことも多々起こります。

今回のファイナルからまた多くのことを学び、彼はより強く賢く美しくなっていくと信じています。


19 GPF  Swan  小海途
photo : 小海途良幹


エキシビションの日の会場は、天井まで超満員の入りで、その多くはイタリア現地の方でした。
この日、私のすぐ後ろの席に5歳くらいの女の子を連れたイタリア人家族がいたのですが、
その女の子が、「ユヅル・ハニュー、ユヅル・ハニュー」となんどもつぶやくのです。
他の選手の名は一人も出てこないのに。

外国に住むこんなに小さな女の子にも名前を知られているスケーターって他にはいないでしょうね。
小さな女の子の心にも響き、惹きつけるものを彼が持っているということでしょう。



ともかくどんな場面であれ、ちょっとでも彼の姿が見えれば大歓声が沸きます。
それは全てのカテゴリーの他の優勝選手に対するものよりもひときわ大きく会場に響いていました。



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大音響とともにフィナーレのリボンが飛びだした瞬間は驚きました。


打ち上げられた色とりどりのリボンが落ちてきた時、

羽生選手は最初は黄色のリボンだけを集めて丸いボールのような形を作っていました。

次に思いついたように、ピンクとブルーのリボンを氷の上から拾い上げました。

19 GPF  finale  2_Fotor



それが、実は平昌オリンピックの金メダルの色だと私が気が付いたのは大分後になってからのことでした。

その色の組み合わせを見ると、羽生選手の中では、自動的に平昌オリンピックを思い出すようになっているのだと思いました。


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その後、今度はもっと濃いブルーのテープを手にしました。

それはもしや、ソチオリンピックのメダルのテープの色ではなかったでしょうか。



テープに絡まる羽生選手は綺麗でしたが、
でもこの時、私は悲しい気持ちになっていました。 

19 GPF  finale  8_Fotor



羽生選手がテープで金メダルを作っていた時、少し離れたリンクの上では、
このGPFで優勝した各カテゴリーの選手による集合写真の撮影が行われていたのです。


羽生選手はその光景を離れた場所からテープを手に持ったまま、ずっと見ていたのです。

本来なら自分がいたはずのその場所を。



それを見ているのが辛くて悲しくて、私はほとんど泣きそうでした。




羽生選手がその時何を思っていたのかは分かりません。


オリンピックマークの方を見上げて、「おわった」と呟き、

19 GPF  finale  おわった_Fotor



いつものように「ありがとうございましたーーー」と。


19 GPF  finale  9_Fotor



そして最後の瞬間まで、ファンに向かって手を振り、さらに飛び上がって、また手を振り、
バックヤードに下がっていきました。


19 GPF  finale  最後 1_Fotor

リンクの上ではまだ優勝者の記念撮影が続いていました。



SPで決定的なミスをしたこと、優勝を逃したこと、43.87点という異常すぎて笑ってしまうような点差があったこと。
それでも私は泣こうとは思いませんでした。

ミスをして優勝を逃したことには理由があるし、点差が異常であることはそこにいた皆が感じていたことだと思います。


ネイサン・チェン選手と羽生選手の演技の間にそれだけの点数差があるとは、実際の演技を見ていて納得のいかないものでした。

そのことは羽生選手とチェン選手のリスペクトしあう関係には全く関係のないことではありますが。


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けれども、あのチェン選手の演技についた点数には違和感しかありません。
点数については、いずれ詳しい方が検証して下さることと思います。


羽生選手がこの点数について、「点差ほどの差はあるとは僕は思っていない」という内容の発言をしたことには全く同感です。




私はフィナーレの華やかなリンクの上の羽生選手を見て、初めて涙がこぼれました。
とても寂しそうに、戸惑っている風にすら見えました。

負けるとはこういう事なんだということを、はっきりと突き付けられた思いでした。


ファンである私は泣けばいい。
でも選手本人は泣いてもどうにもならない。


どうかこの悔しさを胸に抱き、乗り越えて行ってほしい。

怪我をすることなく4Aを跳んでほしい。

羽生選手が理想とする芸術的フィギュアスケートを完成させてほしい。


無論そんなことを願うだけなら簡単なことだけど、
それを実行するにはどれだけの努力と時間と鍛錬が必要なのか想像もつかない。


でも、彼が望むものを手にするのを見届けたいのです。

彼が、これでいい、と思うその時まで、応援は続きます。


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あの日のトリノのクリスマスツリー、結弦くんは見ることができたのかな。




最後までお読みいただきありがとうございました。

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withgoldenwings at 18:52│羽生結弦 | 2019 トリノGPF
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