素晴らしい伊藤聡美作品集One World

2020年04月03日

YUZURU記念日



昨日発売のNumber PLUS、近所の書店の閉店ギリギリに飛び込んで中身も確認しないで買ってきました。

Number plus  2019-2020

表紙が美しいので、中身はともかく、飾っておくだけでもいいくらいです。

表紙カバーを広げるとこんな感じです。

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今シーズンの2つのショート、2つのフリーの全てのプログラムで構成されたカバーになっています。

表紙カバーは両面仕立てになっているのが恒例ですが、今回の裏面は4大陸選手権の時の
羽生選手とコアラちゃんでした。

81ページの内41ページが羽生選手関連で、内容も「福間洸太郎が語るバラード第1番」、
「佐野稔が見た”新”SEIMEI」など興味深く、また写真もどれも綺麗でした。

2012年当時の写真を使った「羽生インタビュープレイバック・みんなの応援があったから」も懐かしく読むことができました。

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2012年3月、世界選手権3位となった羽生は、「(コーチの)阿部(奈々美)先生と別れて、自分の足で海外に飛び出さないと」と決意し、拠点をカナダ・トロントに移す。
「表彰台に立ったからには、自分の感情は優先させちゃいけない」と当時17歳だった羽生は故郷を離れる覚悟を口にしていた。
トロントにて撮影 Number817号(2012年11月22日発売)

当時の結弦くんの心情を思うと涙が出ます。

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でも、そうして飛び立っていった結果が今の結弦くんを創ったということですね。
結弦くんの判断は正しかった。またはその判断を正しいものにするために頑張ったということ。



そして、昨日マッシミリアーノさんのTwitterを遡ってみて気が付いたのですが、
マッシさんは羽生選手の過去の戦歴における重要な日を全てチェックされていて、
記念日としてTwitterに上げてくれていたのです。


3月だけでも次のような記念日が上げられていました。


3月11日 世界ジュニア選手権優勝(2010年)



丁度10年前、羽生結弦と言う名の15歳の少年が世界ジュニアチャンピオンのタイトルを取り、その完璧なジュニアシーズンを完了した。
その時以来、彼は幾多の試合に勝利してきた。
一つ一つの動きに既にチャンピオンとしての徴がはっきりと見ることができた。


3月28日 GPファイナル・オリンピック・世界選手権の3冠制覇(2014年)

6年前の2014年3月28日、羽生結弦は初の世界チャンピオンタイトルを勝ち取った。
さいたまアリーナで開催された世界選手権において、彼はロシアのアレクセイ・ヤグディンに次いでGPファイナル、オリンピック、世界選手権の3冠を同一シーズンに獲得した世界最年少のスケーターとなった。




3月31日(2012年) 世界選手権銅メダル

2012年の世界選手権で、参加選手中最年少の羽生結弦が初のメダルを勝ち取った日から8年が経った。
ニースで、17歳の彼は銅メダルを獲得したのだ。
彼のフリー(ロミオとジュリエット)は歴史の中に刻まれた。




そして昨日の記事にも書いた
4月1日(2017年)ヘルシンキワールドのHope & Legacy


4月1日は今後常に、フィギュアスケーティングがその最高の位置に到達した日として記憶されるだろう。
丁度3年前のことになるが、羽生結弦は素晴らしいフリースケーティングを滑り、彼の2度目の世界チャンピオンタイトルを勝ち取った。
それはかつて見たことのないものであり、そして今後も見ることのないものであるだろう。


全て動画を付けてくれていることもありがたいです。
羽生結弦の記録に関しては、誰よりも知っていると言っても間違いではなさそうです。

私は普段、滅多にTwitterをチェックすることはないのですが、マッシミリアーノさんのだけは例外です。

北イタリアで猛威を振るっている新型コロナウィルスが心配ですが、どうか健康でいてくださいと祈っています。

そして結弦くんがどこかで安全に健康でいてくれますように。



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