ミッションコンプリート媒体としての僕

2018年10月11日

コーチの誇りとなる


文芸春秋11月号の記事『羽生結弦は私の誇りです』を読みました。


2012年春に羽生選手がオーサーコーチの元に来てから2度のオリンピック金メダルを取り、そして現在に至るまでのエピソードを、コーチ自身の過去の経験を交えながら語っているという内容でした。


2012年のニースでの世界選手権の後にカナダに拠点を移したころ、「あともう少しでコントロールを失うギリギリのところで滑っているよう」な17歳の血気盛んな少年だった羽生選手の溢れる才能とエネルギーを見て、「その野性味を自分でコントロールできるように基礎をもっと強化していこうと」いう方針をトレーシーコーチと共に立てたそうです。


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この記事の中で圧倒的に強い印象を受けたのはユヅとハビのピョンチャンオリンピックでの練習光景でした。

少しだけ引用させていただきます。

「確かフリーの日の公式練習のことでした。ハビとユヅが並んでエッジワークを見せたのです。
いつもこのクリケットクラブでグループでやっていることを、二人並んで揃ってやったんです。
あれは人に見せるためではなく、自分たちのためだったと思う。
私たちのところに戻ってきたとき、二人の間に、はっきりした結束の意識を感じました。厳しいプレッシャーに直面するときは、一人でも多くの仲間が必要なんです」
(中略)
「ジャッジたち全員が、ハビとユヅの美しいエッジワークを見ていたんです。だから私は、
『きみたちは素晴らしかった。おかげで、我々まで鼻高々だよ』
と言ったら、二人は相手の顔を見てハイファイブ(ハイタッチ)をしました。これまで多くの素晴らしい瞬間にコーチとして立ち会ってきたけれど、あの時ほど自分の生徒たちを誇りに思ったことはありませんでした」


読んでいて、その光景が目に浮かび、ジーンとしてしまいました。

「人に見せるためではなく、自分たちのため」、この日まで共に過ごした6年間のクリケットクラブでの練習と同じことをした。

ショートプログラムで1位と2位になっていた二人が、フリーの前日の練習で、翌日には最大のライバルとして戦う相手と一緒に揃ってエッジワークの練習をすることは、これまでも、これからも無いと思います。



二人の間にはこの時、同志としての強い共感と連帯感があったのでしょう。

完治していない怪我を抱えたユヅと、ソチオリンピックで惜しくも表彰台を逃してしまい、最後のオリンピックに夢を賭けたハビ。

順位はどうであれ、一緒にオリンピックの表彰台に立とうという、互いの意思確認でもあったと思います。

これを見て泣かないコーチがどこにいるのでしょうか。
きっとオーサーコーチの目にも涙が宿っていたに違いないと私は信じています。



画像はずっと前にたまたま動画で見かけた練習風景が素敵で、キャプチャーしてあったものです。

この時はまだクリケットクラブに移籍して間もない頃だと思いますが、オリンピック会場での二人揃ってのエッジワーク練習のイメージはこんな風だったのかなと。




練習風景 4


練習風景 5


練習風景 6


練習風景 7


練習風景 8


練習風景 9


練習風景 3


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(ボケボケ画像ですが想像力を駆使してご覧くださいね)
初めてのGIFです。スマホでは見れない場合はこちらから試してみて下さい。




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18-2-17 グリーンルーム -1



これからは違う道を歩んで行く二人の未来が栄光と幸福に満ちたものでありますように。


18-2-17  メダルセレモニー 9-1





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withgoldenwings at 16:23│羽生結弦 | オーサーコーチ
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