2022年12月07日

お誕生日の最後に




9時から始まった全日本選手権~全11対か 〜全一挙プレイバック~の放送を観ているうちに、羽生選手のお誕生日が過ぎ去ろうとしています。


私が初めて羽生結弦選手の存在を知ったのは、2011年の全日本選手権だったので、そのころを思い出して感慨深かったです。


2021年の、最後となった全日本選手権を最高の演技で締めくくられたのは本当に良かったなあと思いました。

21 全日本 finish


不世出のスケーター羽生結弦の素晴らしさを改めて感じた2時間半でした。


今夜はプーさんと結弦くんと一緒にバースデーケーキもいただきました。



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結弦くんもご家族で、これからのプロアスリートとしての輝く未来図など語りながら過ごされたのでしょうか。





誕生日は終わりますが、12月は誕生月として、ずっとお祝いの気持ちを持ち続けると思います。


28歳が結弦くんにとって素晴らしい歳となりますように



お読みいただきありがとうございました。

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withgoldenwings at 23:59|Permalink羽生結弦 

再びの革命前夜 本日19:15まで





お誕生日の夜の19時15分まで限定で、有料記事がプレゼントされました。
良い記事だと思います。

読ませていただきありがとうございます。
      

2011年9月、ホテルメトロポリタン仙台のカフェ。16歳だった少年、羽生結弦にインタビューした時のことを思い起こす。その1年前、15歳の時にインタビューしてから、ぐっと精悍(せいかん)な顔つきになっていた。

 まだ世界選手権にも出ていない。「革命前夜」。表現するとしたら、そんな季節である。

「理想の選手はいない。俺は俺でありたいですし、俺自身は『羽生結弦』として最終的に上に立ちたい」

 その頃から、地底に潜むマグマのようにエネルギーがフツフツと満ちているのを感じた。

(中略)

「いろんなリンクで滑るのはいいですよ。ずっといい氷で滑っていたら、悪い氷に対応できない。いろんな氷で滑ることで対応できる。だから、世界中どこに行っても俺は滑れますよ」

 そして、無邪気な笑みを浮かべ、こう言った。

 「19歳でソチでしょ。平昌は23歳になったばかりで。その4年後もあるわけでしょ。27歳だと、プルシェンコくらいの存在か。そこまで自分が神になってるかは分からないけれど。でも、金メダルは俺が取る。だからまだみんな、日本人で金メダル取らないでって感じ。俺が取りたいから」

 19歳で金メダル。23歳で連覇。16歳の予言を実現させた。そして、僕に話してくれた言葉の通り、27歳。北京五輪まで駆け抜けた。坂上武司

全文はこちらから是非お読みください。

若き日の結弦くんから感じたという熱いマグマのようなエネルギー。
それは今も結弦くんの中で変わらず燃えているのだと感じます。

坂上記者が感じたという革命前夜のような時。
今再び、「革命前夜」のような胸騒ぎを感じます。

何かが変わっていく予感。

羽生結弦は羽生結弦として、誰の後を追うのでもなく、独自の道を切り開いていく。

今度は新しいプロフィギュアスケーター像を作り出し、
そして今までのアイスショーの概念を変えてしまうのではないですか? 結弦くん。

全文読めるのは本日19:15までなので、取り急ぎ。



もうお正月番組のお知らせが来ています。
テレ朝チャンネル1で、2023年1月1日午前11:11から午後11:11まで、
12時間ぶっ通しで羽生結弦特集が組まれるそうです。

プロローグ横浜公演初日の様子も独占放送されます。


羽生は、プロ転向元年となった2022年、初の単独アイスショー『プロローグ』で観客を幻想的な世界にいざない、想像以上の演出と演技で魅了した。同チャンネルでは、羽生の思い入れのある数字「1」にちなみ、23年1月1日午前11時11分から12時間にわたり、関連番組を放送する。
 同特番では、『ファンタジー・オン・アイス』をはじめ、フォト&ムービー、『プロローグ』12月5日八戸公演最終日の模様などを一挙放送。
『プロローグ』11月4日横浜公演初日の模様は、独占初放送で届ける。



代わり映えのしないお正月番組を見るよりも、私はこちらを観たいな。

一日中いつでも羽生選手が観られるなんて、いいですね。
楽しみです。



お読みいただきありがとうございました。

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withgoldenwings at 17:22|Permalink羽生結弦 | 新聞記事

快晴の祝祭!!



親愛なる羽生結弦様

お誕生日おめでとうございます



12月7日、結弦くんの28回目の誕生日は、昨日までの冷たい雨と打って変わって、
青く高い空が清々しく広がる快晴です。


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これからの1年が、プロアスリート羽生結弦としての栄光と幸福に満ちたものでありますように。
そして何よりもけが無く、健康で過ごせますように。



先ずは画期的なアイスショーとなる予感しかない「GIFT」が大成功しますように。


GIFT



ショーをサポートしてくださる雪肌精さんからいち早く祝福が届いています。


今夜の「みやびやかなひと刻」が楽しみです。


ANAさんからは豪華な花束が。
結弦くんにはブルーの花が似合うことをよく知っているANA。
これからもよろしくお願いいたします。



ねこまさむねくんは代々の衣装でお祝い。




そしてお誕生日に合わせて発売された『YUZURUⅢ』




仙台では今日から羽生結弦写真展が始まりました。




実は来週、仙台に行けそうなんです!



今日は『YUZURUⅢ』、『羽生結弦ーTHE ONE-』、『カレンダー』が届く予定ですが、

いち早く届いた、KISS&CRY特別編集『羽生結弦ーTHE ONE-』が素晴らしかったです。


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●表紙/羽生結弦選手 
高純度Wワイドピンナップポスターグラビア10枚!
超厚紙!シニアシーズン完全保存版アルバム
●単独アイスショー「プロローグ」リポート
●羽生結弦×KISS&CRY シニアシーズンプレーバック
美麗フォトポストカード付録つき




 今夜は結弦くんと共に過ごせますね。




私たちにとっても、幸せな祝祭です


もう一度言わせてください。

お誕生日おめでとうございま~~~す


結弦くんに出会えて、、、幸せです。




お読みいただきありがとうございました。

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withgoldenwings at 13:38|Permalink羽生結弦 

2022年12月06日

歴史的存在となる「羽生結弦」







羽生選手が全力で駆け抜けたプロローグは昨日終わったばかりですが、
突然の「GIFT」の発表で、あれからもう何日も経ったような気さえします。





公演終了後のメディアとの一問一答が公開されています。

羽生選手が単独でアイスショーを開催することになったいきさつや、その間の気持ちなどを語ってくれています。

自分用に全文保存しておきたいと思います。


Sponichi Annexより
 

羽生結弦さん、語る プロローグ千秋楽(1)
「スケーター冥利に尽きる」


フィギュアスケート男子で14年ソチ、18年平昌五輪を連覇し、今年7月にプロ転向した羽生結弦さん(27)による単独アイスショー「プロローグ」の八戸公演が5日、青森県八戸市のフラット八戸で行われた。プロ転向後初となる東北でのアイスショー最終日で、この日が「プロローグ」自体の千秋楽。全身全霊で10曲を舞い、マイクを握ると涙を見せる場面もあった。また、終幕後には来年2月26日に東京ドームでアイスストーリー「GIFT」の開催を発表。公演後の一問一答は以下の通り。

 (テレビカメラの準備中)「疲れて死んじゃいそう、本当に。今日6時起きなんですよ(笑い)」

――「プロローグ」を完走して涙も見えたが。
 「とりあえずプロとしての最初のアイスショーというのもあったので、まあとにかくプロとして特に一番気をつけないといけないことはケガをするっていうことだと思っていたので。何よりも大きなケガなく、最後までこうやって完走しきれたことは本当に大きな経験になったかなと思うのと。あと、こうやって体調をちょっとずつ崩したりとか、もちろんありましたし、過度の緊張だったり、プレッシャーだったり、いろんなことありましたけど。それでもやっぱり多くのスタッフの方に支えていただきながら、こうやってプロとして活動していくんだなと改めて実感したので。またこれからスポンサーの方々も含めて二人三脚で自分の力だけじゃなく頼りながらもこれからもプロとして頑張っていこうと思っています

 ――今日も満員で、その光景を見てどんな感情だったか。
 「正直、例えば2021年の全日本選手権でも思ったんですけど。これだけの歓声だったりとか、多くの視線を浴びながら滑ることって、あとどれくらいあるんだろうっていうふうに正直思いながらあの頃は滑っていました。ただ実際こうやって今プロになって、それでも多くの方々に見ていただき、また視線が届かない場所でもライブビューイングだったりとか、テレビだったりとか、そういったところでもたくさんの方々に見ていただいて、本当になんて言うんですかね。スケート、スケーター冥利に尽きるというか。本当にスケートをやっていて良かったなと思える瞬間がたくさんありました。これからも、何て言うんですかね。皆さんがもし必要としてくれるなら、必要とされたようなスケートを常に全力を尽くしてやっていきたいと思いますし。また心が別に離れたとしても、ふと目に入ったときにやっぱり羽生結弦のスケートって良いなって、ほんのちょっと1秒でもいいんで。思ってもらえるような演技をこれからも頑張って続けていきたいと思います

――プロローグが終わり、これから本編と言っていたが、2月にアイスショーがある。
 「初めてスケーターとして東京ドームでの公演ということで、正直、凄い緊張しています。ここまで来るに当たって、まずたくさんのスタッフの方々が構成を練って。また自分でもいろんな構成を考えて。そしてその中に物語をつけて、自分で書いて、ナレーションをつけて、みたいな作業をこれからもやっていくつもりなんで。あの、普通のアイスショーとはまた違って物語が主体としてあって、その中に僕のプログラムたちがいろんな意味を持ってそこに存在しているっていう絵本のような、うん。物語を鑑賞しに来ているような、そんな感覚で見ていただけるスケートになっていると思うので。ぜひ期待していただければと思います」

 ――今日は「ロミオ+ジュリエット」あたりからもの凄く気合が入っていた。
 「全部、気合が入っていましたよ(笑い)」

――千秋楽で開放感もあったのか。
 「いやもう、最初から最後まで全力でした。あの、やっぱり自分の中でも最後だ、ということがもちろんありましたし。ただ最後だからこそ、余計、最後まで体力を残しながら全力を残しきることをやっていかないといけないので。そのバランスは僕にしか分からないと思うんですけど。凄い大変なショーではありました。ただ大きな崩れもなく、やっぱり最後までジャンプをしっかり決めきれて、演技できたことは、これは競技的な観点かもしれないですけど、やっぱりちゃんとジャンプ決めて全部ノーミスしてやれたのは自分にとっても自信になりますし、良い演技を届けられたという達成感にもなってます

 ――1時間半、プログラムを演じた感覚になるのか。
 「そうですね(笑い)。常に休む暇もなく、ずっと滑り続けなきゃいけないですし。あとはプログラムによっていろんな気持ちの整え方だったりとか、届けたいメッセージだったりとか。いろんなことがあるので、そういう切り替えもいろいろ大変だったは大変だったと思います」

――「SEIMEI」はノーミスだった。5公演ミスなくいけるのはアマチュア時代より技術が上がったのか、本番力があがったのか。
 「あー。そうですね。正直、毎日フリーやるより、もっと大変な気持ちでやってて。もちろん4回転の数っていうことを考えたら、普通のフリーよりも全然少ないんですけど…ちょっと待って、頭がスってなっちゃった今(苦笑い)。えっと。トリプルアクセルの回数とか、ビールマンを復活させたりとか、結構体を酷使してやっているので。そういう意味では単純に体力がついたっていう感じはしました。ただもちろん、ちょっとでも気を抜いてしまえば、いくらでもボロボロになってしまう演目たちだったので、ちゃんと気を張ったまま、そして1時間半、もっと言うと、練習から本番までの間も含めて、ずっと緊張したまま最後までやりきれた精神的な成長もあったのかもしれないなって、自分では評価しています

Sponichi Annex  プロローグ後 一問一答




羽生結弦さん、語る プロローグ千秋楽(2)
東京D公演「GIFT」へ抱負「物語は恩返しから」



――東京ドームも一人でやり切るのか。27歳はどんな1年だったか。28歳はどんな1年にしていきたいか。
 「えっと、まず東京ドームも一人でやるつもりです。もちろん演出とかは、もうちょっと凝った、こういう凝ったものではなくて、もっともっといろんなテクノロジーを使ったりとか、そこの間自体もビデオとかではなくて、もっと何か演出として楽しめるような、物語を楽しめるようなものも、また新しい感覚で楽しんでいただけるようなショーというよりスケート、物語にしていきたいなというふうに思っています。今後も、こういうプロローグのような形のアイスショーだったりとか。いろんなアイスショーにも参加させていただく予定ですし。何だろ、こういう既存のショーからちょっと進化したようなショーたちもどんどんますます進化させていきたいと思いますし。もっとやっていきたいんですけど、それとは本当にまた全く違ったスケートの見方、みたいなものを東京ドームではやりたいかなと思っております。で、27歳はまだ終わっていないので(笑い)。何とも言えないんですけど、僕にとって27歳は本当に大きな節目を迎える年になりました。えー、27歳の途中でプロに転向するという決意をして、今ここでプロ初のツアーを。とりあえず2カ所ですけど、凄く内容の濃いものを完走し切れて、ちょっとプロに…僕の理想とするようなプロにちょっとなってきたかなって、足を一歩踏み出せたかなっていう気持ちでとりあえず27歳を終えることができると思います。28歳は本当にプロだけの自分になると思うので、その大きな節目を超えた自分がまた、アマチュア時代の自分とかを見た時に、今の方がうまいなと胸を張って言えるようにこれからもどんどん成長していきたいですし。あとは自分の演技が見たいなって思った時にアマチュア時代の演技を探すのじゃなくて、今の自分でスッと刺さるような演技をこれからも目指して頑張っていきたいなと思います



――「悲愴」の演技の説明にもあったが、千秋楽を八戸でやる意味は。
 「たまたま会場が空いていなくて千秋楽が八戸になってしまったというのはあるんですけど。でも、やっぱり自分としては東北で何とかやりたいという気持ちはもちろんありましたし。で、東北の地でやるのであれば、自分のこのプロローグの、自分の半生みたいなものを描いている中に3・11があるように。きっと、このショーを見にきてくださっている方々の中に3・11っていう傷が残っていると思うので。少しでも何か自分の演技を見て消化したり、逆にそれを思い出して悼んだり。それが良いことなのか悪いことなのかはちょっと分からないですけど。少しでも何かしらの気持ちが灯るきっかけとしての演技をしたいなと思いました」


 ――東京ドームという日本を代表する箱を選んだ理由、構想を始まった時期は。タイトルのGIFTに込めた思いは。
 「えっとー。プロローグよりも先に東京ドームのお話はスタートしました。ただ、(会場を)実際に取れる取れないという話がかなり難航して。結局最終的にどうなるか分からない状況の中でプロローグをとりあえずやろうという話になって、箱が取れて、みたいな感じでプロローグの構成を先に進めながら、またGIFTも考えながらみたいなことをやっていました。まあ東京ドームを選んだ理由というのは…うーん。正直な話を言うと、東京ドームでやらないかっていういうお話をいただけたからというのが一番ですかね。正直、僕はそこまでの実力があると思っていないし、そこまでうぬぼれてないですし、そこまで自信があるわけではないんですけど。ただ、東京ドームでやらないかというお話をいただいて、それからいろいろな方のお力を借りたり、また自分で構成を考えたり、いろんな方と構成を考えていく中で東京ドームでしかできないスケートって何だろうというものをいろいろ考えました。それを東京ドームで見せたいなという気持ちで今はGIFTに向けていろいろ進んでいます。で、何だっけ。GIFTに込めた思いは、今までこうやってアマチュア時代をやっていくにあたって、やっぱりいろんな支え方を皆さんにしていただけたなと思っていて。やっぱりそういう方々への恩返しじゃないですけど。自分の物語は最初、恩返しから始まるかなと思って贈り物としてのGIFTというタイトルをつけました。物語自体が皆さんへの贈り物になってほしいですし。またその物語に含まれている自分のプログラムたちが、また皆さんへのギフトになればなと思います


――横浜公演でプロとしての目標はまだまだフワフワしていると言っていたが、プロローグを通してヒントは見つかったか。
 「なんか、このまま続けていっていいんだなという自信にはなりました。正直、このプロローグを構成している段階で、やっぱりフィギュアスケーターとして衣装を変えないでずっと滑り続けるということが物理的に、体力的に不可能だということは既に分かっていたので。そこをどういうふうに皆さんに感じていただけるか。どういうふうに皆さんがそこも含めて最後まで楽しんでいただけるか、見ていただけるかということが凄く不安でした。なので、自分一人でやるショー自体が、皆さんに受け入れていただけるかという不安の中でのプロのスタートだったので、そういう意味ではかなりフワフワしていました。このプロローグを実際に終えてみて、このスタイルでも皆さんに喜んでいただけるんだということがちょっと自信にもなったので。またこれから先自分の半生を描いてショーをやるということはそんなに頻繁にはないと思いますけど、またいろいろなことを考えて、またいろんな構想を練って自分のプログラムが皆さんに届くように、また楽しんでいただけるような自分の理想のプロとしての形を、ショーをこれからも続けていけたらいいなと思いました」



 ――八戸はゆかりの深い場所で、八戸公演や八戸市に秘めた思いは。
 「えっと。うーん。僕が3月に被災をして、アイスリンク仙台が使えなくなってしまった後に東神奈川のリンクでまず自分の恩師である都築先生っていう方にお世話になった後に八戸の方でも電気とかは使えないけど滑っていいよと言っていただいて、何とかそういう中で滑らせていただきました。実際に節電の状態でしたし、電気もつけないで。日中だったので換気用にたぶん天井をちょっと開けることができるんですけど、その明かりだけでプログラムをつくったりとか、体力トレーニングをさせていただいたりとか。そういう意味でも八戸にはお世話になりました。そういう地で、またつくっていただけたプログラムを、この地でできたのは凄く自分にとっても感慨深いものがありましたし。実際に震災があって、すぐにつくったプログラムたちだったので。震災と同い年になるのかな。だからこそ、月日がどれだけ経ったのかということと、また改めて自分自身もこのプログラムに触れることによって、皆さんに触れてもらうことによって、少しでも震災を思い出したり…。思い出して苦しんでいただくのはちょっと申し訳ないなと思いつつも、でも、それがあるからこそ今があるんだってまた思っていただけるように。そういう演技ができたらな思って滑らせていただきました。ありがとうございました」



 「何かすみません。僕なんかのためにこうやって集まってくださって。ありがとうございます。頑張ります。本当にうれしいです。皆さんにこうやって集まっていただいて。これからもよろしくお願いします。ありがとうございました。良いお年を!(笑い)」



長い一問一答を読んで、
羽生選手が今、手探りで新しいプロスケーターとしての道を切り開こうとしていることが伝わってきました。

八戸公演最終日にはこんな風なことも言っていました。

「いつか僕が死んでも、映像や記憶に残る。見てくれた皆さんの中で(僕のプログラムたちが)生き続けてくれれば嬉しい」と。

まだ27歳なのに、もうそんなこと考えるのは早すぎるでしょ、と思いましたが、
羽生選手の中では、自分が、やがて歴史的な存在になることを想定して、それにふさわしいフィギュアスケーター「羽生結弦」像を模索していくのかなと思いました。

東京ドームにアイスリンクを造るのも初めて、そこで単独でアイスショーを行うのも初めて、そこで語られる物語を書くのも、読むのも、演じるのも羽生結弦一人だけという、前代未聞のアイスショーはどんな形になるのでしょうか。

歴史的なアイスショーを是非とも体験したいと思います。





もう最速先行抽選申し込みは始まっています。




どうか当選しますようにと祈りを込めて、12月7日のお誕生日に、私も申し込みます。




東京ドームという大きな箱を選んだということの中には、望む人全てにチケットを渡したいというの羽生選手の願いも含まれているのだと思っています。

ありがとうございます。



お読みいただきありがとうございました。

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withgoldenwings at 23:54|Permalink羽生結弦 | GIFT

「羽生結弦」というジャンル




プロローグ最終日の興奮からまだ冷めずにいます。

秀さかえ様より動画お借りしました。いつもありがとうございます。







プロローグ公式から、12月5日午後11時11分のツイートです。
 

始まりは終わりの始まり、終わりは始まりの始まり、と言っていました。


FLAT HACHINOHEより


FLAT HACHINOHE、素敵なリンクでした。いつか私も行きたいな。


中村洸己さんより

素晴らしい津軽三味線の演奏でした。
羽生選手との息の合ったコラボが素晴らしかったです。
このような機会が無ければ聴けなかったと思うので、中村さんと羽生選手に感謝しています。
羽生選手、中村さんが退場してからも、何度もお礼の言葉を繰り返していました。



プロローグが終わったと思ったら、余韻をかみしめる間もなく、第一章が始まります。




「羽生結弦」っていうジャンルのアイスショーができたらなぁって思うんですよね。

皆さんの想いがあるからこそ、僕はスケートをずっと続けてきましたし、僕のプログラムは皆さんのために絶対にそこに存在するよって。

ある意味で「羽生結弦」って媒体なんですよ。

支えてくださった方々への感謝の気持ちを込めて、タイトルを「GIFT」というショーを企画しました。

僕の世界がいろんな空間まで届けばいいなって。


GIFT  朝日新聞デジタル



朝日新聞単独インタビューより(有料記事なので一部だけ)


プロスケーターの羽生結弦さんが、来年2月、東京ドームを会場に新しいショーを開催する。テーマは「GIFT(ギフト)」。これまで自分を支えてくれたすべての人に感謝を込めて、自らの「作品」である演技を届けたいという。そして、分身ともいえる「作品」たちが、演技をみたすべての人に寄り添い、支えになればと願っている。単独インタビューで話してくれた。

 ――今回のショーのコンセプトを教えてください。

「今まで応援してくださった方々、支えてくださった方々への感謝の気持ちを込めて、一つひとつのプログラムを『贈り物』として届けたいな、と思っていました。ですので、タイトルも『GIFT』です」

 「タイトルに関してはいろいろ考えました。最初から構想として自分の頭の中にあったのは『GIFT』。シンプルなので、もっとひねったほうがいいのかとか色々考えましたが、逆にシンプルだからこそ伝わるものもあると思い、『GIFT』に決めました」

――なぜ、感謝の気持ちをコンセプトの中心にしたのですか。

 「僕があまりにもらいすぎたからです。スケートを続けるにあたって、一言で表すのはちょっと難しいのですが、勇気とか元気とか、思いの『結晶』みたいなものを皆さんにいただけた。それは一回だけじゃなくて、何度も何度もいただいた。だから、僕はずっと滑ってこられた。今度は、その『思い』に対しての『思い』を届けたいのです」

 ――羽生さんはこれまで、競技会を通じていろいろなものを我々に届けてくれました。それよりも、ご自身が受け取ったものの方が多かったということですか。

 「直接的に届ける舞台が、今までは試合でした。しかし試合は、どちらかといえば僕自身のために滑っていた面が強かった。応援してくださる方と一緒に戦ってはいましたが、最終的には僕自身の結果、目標のためにやっているというところが強かったのです。だから、今回は、もっと直接的に、会場や映像で僕の演技を見てくださる方に直接届けたい、と思いました」

(インタビュー全文は近日中に朝日新聞デジタルで連載していただけるそうです。)



明日の新聞紙面も楽しみです。






「羽生結弦」というジャンルのショーはどんなことになるのでしょうか。

来年の大きな楽しみができました。



お読みいただきありがとうございました。

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